ワニのおじさんが人間になった日

今日、娘たちに話をした。

「ママには意地がある」という話を。

わたしは、娘たちが幼い頃から

「ワニのおじさん」について話してきた。

ママは昔、ワニのおじさんに

お胸を「がぶっ」と噛まれたのよ。

とても怖かった!と。

そしてママは

心が子どもになってしまったの。

ママは大人に見えるけど心が子どもで

名探偵コナン(見た目は子ども、心は大人)と

逆さまになっちゃったの。と。

それは幼い娘たちに

「性暴力にあってPTSDになった」

ということを

伝えるために生み出したおとぎ話だった。

娘たちはそれをしっかり信じて育った。

暗い夜道では

ワニのおじさんをしっかり恐れ

ママがフラッシュバックを起こして

倒れて泣いていれば

「心が子どもだからだね」と言って

お友達にするようにヨシヨシ慰めた。

娘たちの通う学校には、たまたま

障がい児の学級があったので

ママが心に障がいを負っているということも

すんなりと理解することができたようだった。

そしてついに

ワニのおじさんの正体が

人間であることを

娘たちに伝える日がやってきた。

ママはお胸を「噛まれた」のではないこと

ガムテープでぐるぐる巻きにされて

殺されるんじゃないかと思ったこと。

そのとき、なぜか

明日の宿題をどうしようと気になったこと。

そしたらブチューッと勝手にキスをされて

ものすごーく、ショックだったこと。

そして赤ちゃんができちゃったら

どうしようと思って

心が壊れる音を聴いたこと。

でも生き残って

パパに出会って

あなたたちが生まれたこと。

あなたたちのことが大好きで

大事に育てたいけれど

心が壊れた自分には

ちゃんとお世話ができなくて

困って泣いてばかりいたこと。

性暴力について何も知らなかったパパが

性暴力について勉強して

ママの役目も果たしながら

あなたたちを育ててくれていること。

人は、学び、考え

自分を変えながら生きていけること。

ママは、普通のママのようには

完璧にはできないけれど

怠けているわけではないこと。

少しでも心を健康に保つために

文章を書いていること。

日本では13人に1人の女の子が

こんなふうに性暴力にあうこと。

13人に1人の女の子のうち

ほとんどの女の子が

沈黙して語らずに生きていること。

でもママは黙っていたくなくて

文章を書き続けていること。

あなたちが生まれてきてくれたからこそ

書くこと、生きることを

選び続けてきたこと。

本当に、心から、感謝していること。

……泣かずに話したかったけれど

できなくて

話しながら

頷きながら

3人で声をあげて泣いた。

こうしてワニのおじさんは人間になった。

こんな不器用な育て方しか

できない自分を恥じている。

でも恥ずかしいと思うことも

娘たちの恥にならないように

書いていこうと思う。

そしてこの恥を

社会にお返ししていきたい。

性暴力のトラウマと向き合うことは

わたしの一生の宿題になるだろう。

でも、やり遂げてみせる。

これを娘たちの宿題にはしたくない。

それがわたしの意地なのだ。

(池田鮎美)

すぷだよりNo.135 に寄稿しました。

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