社会の痛みとして性暴力を語る

わたしたちの仲間には
性暴力を語るときに
戦時下の性暴力を引き合いに出されることに
拒否反応を示す人がいる。
でも今から6年前にわたしが
「性暴力被害者にとって
戦後が平和だったことは一度もない。
ずっと戦争がつづいているようなものだ」
と口にしたとき
彼女はわたしを叱らなかった。
むしろそのとき、わたしを叱ったのは
被害者以外の人たちだった。
「大げさすぎる」とか
「戦没者に失礼だ」とか
「あなたの周りから人が離れていくよ」と
忠告されたのを覚えている。
でも大げさに響いたとしても
わたしが語ったことは
真実だと今も思う。
実際、この社会が
戦時下の性暴力と向き合ってこなかったことが
今のわたしたちを苦しめている。
一方で、コミュニティに居ながらにして
性暴力と向き合うことは
たしかにとても難しいことだと思う。
コミュニティというのは
社会をもう一段小さな単位でとらえた言い方だ。
とても難しい。
でもそれをやっていく必要があるのだと
思わされる作品に最近出会った。
『黒川の女たち』という映画が
7月12日に公開される。
舞台は現代だ。
この映画には
高齢の女性たちが
戦争中に起きた性被害について
語り始める瞬間が記録されている。
彼女たちの語りに
さまざまな反応が巻き起こる。
そのなかには
「彼女たちのことを話題にしてはいけない」
という、気遣いからの反応があった。
でも一部の人たちは気が付いていく。
気遣うならばむしろ
話題にすべきだったのではないか。
自分たちがちゃんと話さないまま
考えないまま来たせいで
彼女たちの被害の文脈は
より大きな戦争という文脈に覆い隠され
かき消されてきたのではなかったかと。
この気づきが共有され
コミュニティは次第に変わり始める。
「なぜこの被害が隠されたのか」
「そもそもなぜ被害が起きねばならなかったのか」
「隠すから繰り返すのではないか」
話し合って得た答えを
人びとは
未来に遺すべき言葉として
碑文に刻むことにした。
次の変化が起きた。
「笑おうと思ったことがなかった」
と語る被害女性の一人は
よく笑うようになった。
被害を語ることをしなかった女性も
顔を出して語りたいと考えを変えた。
わたしは、彼女たちの変化を
「時の流れが薬になった」と言うのは違うと思う。
「話すことで浄化されたのだ」と言うのも違う。
時が流れても、話すことができても
それが受け止められなければ
彼女たちがほほ笑むことはなかったと思う。
彼女たちが変わったのは
彼女たちの語りに対し
コミュニティが
被害の痛みを共有するという決意を
態度で示したからだ。
そのことによって
彼女たちの痛みは
一個人の痛みから
共同体の痛みに変化した。
性暴力を共同体の物語として語ることを
大げさに感じるだろうか?
わたしはそうは思わない。
もしもコミュニティが、社会が
一日早く被害に向き合うことができたら
そこに一日早く救える被害がある。
性暴力にたいする対応も
刑法の運用も
その分だけ前に進む。
戦争中でも平時でも変わらない。
性暴力は社会の痛みなのだ。
(2025年6月24日)

「すぷだより」No.174に寄稿しました。

/ すぷだより