窓を持つ人
あの検察官と対峙した時のことを
わたしは忘れることができない。
この人にとっては、わたしなぞ
星の数ほどある事件のうちの
星屑ではない方の
本当に屑のような事件の一つにすぎないのだと
すぐにわかった。
当時、今よりも
有罪にすることが難しかった性暴力事件は
彼の仕事の中でも面倒な部類のもので
有罪の見込みの少ないわたしの事件を
さっさと不起訴にしたかったのだと思う。
「抵抗はできましたか?」
と訊ねられて
「恐怖で、できませんでした」
と答えると
「あ、そうですかー
抵抗、できなかったのですかー」
と、からかうような口調で言った。
それからは目も合わせてもらえなくなった。
そして休日の過ごし方について彼は語り
仕事が面倒でたまらないという様子を見せた。
なんとかやる気を出してもらいたかったけれど
彼はこちらに対して
「わたしも忙しいのです」
と繰り返し、遠ざけようとした。
その姿は
仕事に誠心誠意打ち込む中で
性暴力にあったわたしの目に
耐えがたいほど不道徳に映った。
おかしい。
でもわたしが検察官の取り調べを受けるのは
これが人生で初めての経験だったので
何がおかしいのかを
はっきり言葉にすることができなかった。
検察庁の待合室に
一人で座っていたわたしは
激しい苦痛に襲われて、立ち上がった。
飛び降りようと
待合室の窓枠に手をかけた、そのとき
窓の向こうに
夕暮れの住宅街と
その先を走る電車が
光っているのが見えた。
あちらの世界には星屑が
こちらの世界は屑だけが
集められているのだと思った。
2つの世界をつなぐ窓は
もはやすっかり消失してしまっていた。
それまでのわたしにとって
どう働くかということは
どう生きるかと重なっていた。
働くことは
社会と自分をつなぐ
窓のようなものだった。
でも正義感のない検察官が
わたしの窓をすっかり壊してしまったのだ。
耐えがたいモラルハザードによって。
その時思った。
刑法を変えなければ
ああいう人はちゃんと仕事をしない。
だからわたしは
刑法を変えるために生きなければと。
ただ、変えなければならないのは
本当に刑法だけなのだろうか?とも思った。
けれど、窓を壊されたわたしには
その問いを抱えていることができなかった。
飛び降りないために、生きるために
必死に忘れようとしたのだった。
それが2012年の出来事だった。
2024年、あの時とおなじ問いが
再び立ちはだかっている。
大阪地検の検事正が
準強制性交等罪で起訴されたのである。
驚きはなかった。
モラルを失った検察官が
自ら性暴力をしていたとしても
職業上の地位を利用して
それを隠蔽しようとしていたとしても
それがたとえ地検のトップだったとしても
「そうだろうな」と思った。
ただ一つ、心を激しく揺さぶったのは
正義を見失わなかった被害者の姿だった。
窓を失った人たちに向かって
あなたが一人の人間としての声を
自ら殺すことなく
あげてくれたことに感謝していている。
どう働くかということが
どう生きるかと重なっている
あなたのような検察官が
いてくれてよかった。
(2024年11月12日)
「すぷだより」No.159に寄稿しました。
その際、「準強制性交等罪」を「強制性交等罪」と誤記しておりました。お詫びの上、訂正します。